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中遠めぐり

(あさばさきたろうこうきねんひ)
浅羽佐喜太郎公記念碑
  ベトナム独立を支援 (袋井市)

浅羽佐喜太郎公の記念碑   記念碑が建立されている常林寺
浅羽佐喜太郎公の記念碑 平成29年11月   記念碑が建立されている常林寺 平成29年11月
名称:浅羽佐喜太郎公記念碑
 (あさばさきたろうこうきねんひ)
所在地:袋井市梅山132
地図:Google Map (別ウィンドゥで表示)

 この石碑は、かつてフランスの植民地であったベトナムの、独立運動の指導者潘佩珠(ファン ボイ チャウ)が、自分たちのために私財を投じて援助してくれた浅羽佐喜太郎に対し、追慕の思いとベトナム独立の悲願を込め、1918年(大正7年)に東浅羽村の人々の温かい支援を得て建立されたものです。
 浅羽佐喜太郎は、1867年(慶応3年)に梅山八幡神社の神主家に生まれ、帝国大学医科大学(東京大学医学部)卒業後、小田原に浅羽医院を開業し、そこで密航してきた潘と出会います。佐喜太郎は病棟の一室を提供し、彼らの活動に対し経済的援助をはじめ、さまざまな支援を行いました。
 しかし、フランスの弾圧は厳しく、日本政府は潘たちベトナム人留学生の国外退去を命じ、1909年(明治42年)には潘も日本を去ります。翌年、佐喜太郎は43歳の若さで亡くなり、二人は二度と会うことはできませんでした。
 1917年(大正6年)潘は密かに日本を訪れ、佐喜太郎の死を知ります。翌年、彼は、浅羽家の墓所のある梅山の地に石碑建立のため訪れ、東浅羽村村長の呼びかけに応じた村人の協力を得てこの記念碑を完成しました。

 袋井市指定文化財 1998年7月31日指定

(参考資料「袋井市・袋井市教育委員会 浅羽佐喜太郎公記念碑 説明看板」)

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