「野箱の傾城塚」は、磐田市白拍子と野箱の境界の位置にあります。ここには大きな老松があって、その場所に建てられたこの塚は、薄命な美女千手(千寿)の墓だと言い伝えられています。
昔、源平の戦いで敗れ、源氏方に捕らえられた平重衡は鎌倉に送られました。ある日のこと、入浴を許された重衡は処刑前に身を清めるための入浴と覚悟して湯につかっていると、色白の美女が湯殿の戸を開け入ってきました。
この美女こそが、源頼朝から重衡の世話をすることを命ぜられた千手であります。そして、千手は滞在した重衡の世話をしているうちに、やがて斬られることがわかっているのに、重衡が実に余裕のある態度であったので秘かに恋心を抱きました。
その後、重衡が南部で斬られ果てたことを聞かされた千手は、尼となり、彼の菩提を弔ったということです。
やがて、千手は重衡恋慕のあまり、発病し死亡したと伝えられています。野箱の傾城塚の石碑には、「遠州豊田郡池田庄野箱村に老松があり、ここは白拍子を葬った墓所である」と伝えられています。
しかし、寛文四年にこの老松が焼けてしまったので、有志が相談して「城松樹傾信女」の供養のために、この碑を建てました。寛文十二年○月二十五日敬白」というあらましで書かれています。
(「磐田むかしばなし」より) |