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中遠昔ばなし

第51話   (おびかねでんせつ)
帯金伝説(豊田町)

帯金伝説(豊田町)

 豊田町の上本郷に「帯金」という姓の家がある。元亀3年(1572年)12月、徳川家康は、甲斐の武田信玄と戦った。この戦いのある日、家康は敗れて逃げて、この帯金の家の門に立て籠った。そして、しばらく敵を防いで、敵が去ったのを見て、出掛けようとした。ところが家康は旅金が少しもなかったことに気づき、「今、金がなくて困っているので、少し金を貸してくれないか。」とこの家の主人に頼んだ。
 すると、主人が「はい、承知しました。」と、すぐに帯の間にあったお金を「どうぞ」と差し出した。それで家康はそれを持って、浜松へ走って行った。その後、家康が天下を取って、江戸城に入ったとき、この家の主人を呼び出して、「その節は世話になった。以後名字帯刀を許す。名字には、そちが帯の間から金を出したことから、帯金がよかろう。」と言われて、帯金の姓をくれたのであったとさ。おしまい

(「豊田町誌通史編」ほか)

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