江戸時代も終わりに近いころのことでした。昔から氏神様(うじがみさま)としておまつりしていた天方神社(あまがたじんじゃ)のご神体(しんたい)を、太田川をはさんだ向こう岸の天宮神社(あめのみやじんじゃ)へおうつしすることになりました。
向天方(むかいあまがた)の人たちはやぐらを組んで、その上にご神体をお乗せし、数人の人がこれをかつぎ、氏子(うじこ)の人たちが行列(ぎょうれつ)をつくって後に従(したが)いました。行列は、しずしずとおごそかに進みましたが、天森橋(てんしんばし)の中央にさしかかった時、やぐらがみょうに重くなったことを感じたそうです。それでもどうやら運び終え、合祀(ごうし)して一同は帰ってまいりました。
その後、向天方地区には、今までには一度もあったことのないおそろしい病気がはやり、多くの人たちが苦しんだり、なくなったりしました。このようなことがあまり長く続くので、氏子の人たちは、
「今までは、氏神様がこの地を守ってくださったのに、今はその神様もいらっしゃらない。そのためではないだろうか。」
と考え、いろいろと相談して、ご神体をもう一度お迎(むか)えすることにしました。
今度は、橋の上で急に重くなるようなこともなく、楽にお運びすることができました。そしてその後は、あれほど人々を苦しめた病気もすっかりなくなり、昔のように明るく幸福な村にもどったということです。
(「森町ふるさとの民話」より) |