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第109話 | (みさわのおおすぎとふじ) 三沢の大杉と藤(袋井市) |
むかしむかし、宇刈三沢(うがりみさわ)の本村に「沙汰大明神(さただいみょうじん)」というお社があって、境内はうっそうとした大木が立ちならび神々しいほどのお宮です。境内の東の方に大きな「杉の木」がありました。杉の幹は周囲が六メートルほどもある大木です。 この杉の木の近くに、これまた大きな「藤の木」があって、藤が杉の木に巻きついて、五月はじめには紫色の房の長い花が咲き、実に見事でしたので「藤の宮」とも言われていました。藤の木は大人でも二抱えもあり、高さがおよそ十八メートルもある大きな木でした。 この藤が杉の大木の枝や幹までからみ、梢まではい上って花の咲く頃になると、紫色の花が咲き乱れ、その美しさは遠くの村々の人達迄も見に来る程でした。 人々のうわさを聞いた掛川城主も、わざわざ藤の花を見に本村まで来た時もありました。 そして「大杉も聞きしにまさる姿かな 高き梢に藤の花咲く」という詩を残された程でした。 この杉の木あまりに高く、大きい木でしたので、まわりの田んぼは日陰になって、お米がとれないと村人は困ってしまいました。けれどお宮の木ですので、勝手に伐る事が出来ず思案にくれていました。 その後何年かが過ぎ、神社の合併が行なわれ、お宮が馬ヶ谷(まがや)の方に移されました。そこでお宮の木ではなくなった杉の木が切られることになり、また藤の木も切られることになりました。とても百姓達では伐る事が出来ないので、木こりを頼んで伐ってもらう事になりました。そして伐った木は宇刈川に大水が出た時に福田の港まで流して運ぶことになりました。 けれど当時は大変やかましい時で、掛川藩から横須賀藩へ大木を運ぶのに中々手続きが面倒でした。やっと岩井村(磐田市岩井)の代官「馬渕準太郎」という人の骨折りで許可がおりたのです。 そして宇刈川の水がいっぱいになるのを待っていました。やっとその時が来て、いざ川の水にのせようとしましたが動きません。多勢の人が力いっぱい動かそうとしても全然動きませんでした。杉の大木の精がふるさとを離れがたくて動かなかったのでしょう。 そうしてやっと川に流したのですが、今度は少しも流れないのです。木が進まない様子を見てみんな不思議がりました。そしてみんなは「長い間、この三沢の本村で成長した杉の木が村と離れるのを惜しんでいるのだろう」と話し合いました。 杉の木はそれでもほんの少しずつ下りだし、村境まで来るとやっとあきらめたのか、そこからはすいすいと下っていったという事です。 (「袋井に伝わる昔話」より) |
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